人との距離感に、悩んだことはありませんか。
誰かと一緒にいると疲れてしまったり、
心を開きたいのに、どこかで一歩引いてしまったり。
HSPやエンパスなど、繊細な感性を持つ人は、
人との間にパーソナルスペースを広く必要とすることがあります。
実は、私もそうでした。
少し前のこと。
ある出来事をきっかけに、私はひとつの大きな気づきを得ました。
「私、隠すクセがある」
もともと、自己主張が強いタイプではありません。
それはマヤ暦の性質から見ても、
控えめで、周りを優先しやすい特性だとわかっていました。
それでもずっと、
「自分のことを表現するのが苦手だな」
そんな感覚が、心のどこかにありました。
周りの人たちは、
日常のちょっとしたことも、
家族の話も、パートナーのことも、
失敗談や恥ずかしい話まで、けっこうオープン。
それに比べて私は、
何かを話そうとすると、なぜか躊躇してしまう。
どうしてだろう?
そう思いながらも、
「伝えたほうがいいよね」と意識して話すようにはしていました。
そんなある日、
親友との何気ない会話の中で、
ふと口から出た言葉がありました。
「私、隠すクセがあるかも」
その一言をきっかけに、
自分の中で、点と点がつながっていったのです。
思い返してみると、
子どもの頃の体験が、深く影響していました。
小学校高学年の頃、
私は吹奏楽部に入りたいと思っていました。
好奇心旺盛で、キラキラしたものにすぐ心が動く私は、
生演奏を聴くと、胸が高鳴って、
「この中で一緒に演奏してみたい」と強く惹かれたのです。
勇気を出して両親に伝えたとき、
父から返ってきた言葉は、「ちゃんと続けられるのか?」という問いでした。
楽器は高価で、簡単に「いいよ」と言えるものではなかったのだと思います。
正直に言うと、そのときの私は自分でも「続けられる」という自信はありませんでした。
それでも、やってみたい気持ちは抑えられず、
お年玉で自分で買うからと、強くお願いしました。
意気込んで始めたものの、
結果的に私は、途中で投げ出してしまいました。
その経験の中で、当時は怖い存在だった父の言葉と、
最後までやり遂げられなかった自分に対して、
「決めたことは最後までやらなきゃいけない」
「できなかった自分は恥ずかしい」
そんな思い込みを、
知らず知らずのうちに背負ってしまったのだと思います。
そのプレッシャーは、
自覚がないまま、とても大きなものになっていました。
それからの私は、
何かに興味を持っても、
途中でやめてしまうかもしれないと思うと、
人に話すことを少しずつやめていきました。
大人になってからは、さらに慎重に、さらに慎重に。
否定されるのが怖くて、
言葉にしない選択をするようになっていたのです。
子どもの頃の体験は、こうして大人になってからの
行動や表現の仕方にまで、深く影響を与えます。
以前、別のブログでも触れましたが、
幼少期の記憶や体験を見つめ、
やさしくほどいていくことは、
本当に大切だと、あらためて感じています。
なぜなら、それは「考え方」だけでなく、
行動そのものを決めてしまうから。
この気づきがあったあと、
ずっと言いづらかったことを、
私は自然に話している自分に気づきました。
「あぁ、私、これ言いたかったんだな」
そう思いながら、
言葉がスラスラと流れてきたのです。
自分とつながること。
気づくこと。
それは、とても静かで、とても力のある変化だと思います。
このシェアが、
今日どこかで立ち止まっている誰かの
小さな気づきにつながったら、それだけで私は嬉しいです。



